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笹幸恵
2021.8.14 12:51日々の出来事

「しかたなかった」をいつまで繰り返す?

昨晩のNHKドラマ
「しかたなかったと言うてはいかんのです」を観た。
戦争末期に行われた九州帝国大学の生体解剖事件が
テーマだ。
原案となった熊野以素さんの作品は未読だけど、
遠藤周作『海と毒薬』や、上坂冬子『生体解剖ー
九州大学医学部事件』で事件の概要は知っていた。

捕虜となった米兵(B29の搭乗員)の実験手術、
上司である教授に命じられるまま、主人公は
それと知らずに手術に加わり、戦後は
戦犯として巣鴨に収容される。
教授が自殺、助教であった主人公は
その罪をすべて背負わされる。

夫の無実を晴らそうと東奔西走する
健気な妻の役を蒼井優が好演。
ほとんどセリフのなかった主人公の長女が、
父との面会が終わろうとするとき、
金網越しに「お父さん!」と叫ぶ姿が圧巻。
単に「命が大事」というような薄っぺらい
ヒューマニズムに終始していないのが良かったな。

最初はなぜ自分が戦犯なのかと
思っていた主人公は、長い収容生活の中で、
米兵にも名前があり、家族があったことに思いを馳せ、
手術を止められなかったことを悔やむ。
最後に言うのが、このセリフだ。
「しかたなかったと言うてはいかんのです」

確かにその通りなんだけど、
これって本当に難しいよなあ。
あの場にいたら、誰もが主人公のように行動するだろう。
当時、病院は軍に逆らえなかっただろうし、
教授の命令に助教は逆らえなかった。
「しかたなかった」のだ。
だけど主人公は、自分を許さなかった。

実験を止め得なかったこと、葛藤を抱えつつも
声をあげず、消極的な態度でやり過ごそうとしたこと、
そのことで自分を責め続けた。
葛藤さえも抱かなかったのは、多くのユダヤ人を
収容所に移送したアドルフ・アイヒマンだろう。

しかし葛藤を抱えようが何だろうが、どちらも
大きな流れを変えられなかったことは事実だ。
たとえ声をあげたとしても、大きな流れは
変わらないかもしれない。
ならば、最初から黙っていよう、となるのは
人間の当然の心理だ。仕事を干されたり、
殺されるかもしれないのだから。

それに「しかたなかった」というのを
あとから欺瞞だと糾弾したって、
単なる「べき論」に陥りかねない。
「あのとき実験を止めるべきだった」
「医師として反対すべきだった」
そんなもん、できるならやっている。
べき論が太刀打ちできない圧倒的な流れの中での
人間の在り方が問われている。

今だってそう。
コロナ騒ぎもワクチン・ファシズムも、皇統問題も。

男性の血だけが尊ばれる、伝統という名の
皮をかぶったカルト思想が皇室を破壊しようと
している今、「何もしない」という消極的な態度で
私たちはやり過ごそうとしてはいないか。

「当時は皇室について何も知らなかった。
だから、しかたなかった」

それは、言うてはいかんのです。





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笹幸恵

昭和49年、神奈川県生まれ。ジャーナリスト。大妻女子大学短期大学部卒業後、出版社の編集記者を経て、平成13年にフリーとなる。国内外の戦争遺跡巡りや、戦場となった地への慰霊巡拝などを続け、大東亜戦争をテーマにした記事や書籍を発表。現在は、戦友会である「全国ソロモン会」常任理事を務める。戦争経験者の講演会を中心とする近現代史研究会(PandA会)主宰。大妻女子大学非常勤講師。國學院大學大学院文学研究科博士前期課程修了(歴史学修士)。著書に『女ひとり玉砕の島を行く』(文藝春秋)、『「白紙召集」で散る-軍属たちのガダルカナル戦記』(新潮社)、『「日本男児」という生き方』(草思社)、『沖縄戦 二十四歳の大隊長』(学研パブリッシング)など。

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